業界最高※となるネイティブコントラスト30,000:1を実現するハイビジョンプロジェクター「DLA-HD100」。
その実現にはビクター・JVCが独自開発した反射型液晶デバイス「D-ILA」と、このデバイスの能力を最大限に発揮する新たな光学系の設計が必要でした。
反射型液晶デバイス「D-ILA」を用いて新たに開発された光学エンジンについて、技術開発本部 コア技術開発センター 相崎 隆嗣に話しを聞きました。
(このインタビューは2008年2月に行ったものです)
※2007年9月26日現在 当社調べ。
基本的には「D-ILA」デバイス、光源などを組み合わせ、光源−照明−D-ILA素子−色分解合成(偏光分離)−投射までの光学系のユニットのことです。「D-ILA」デバイスは光の3原色であるRGBごとに1つずつあります。
今回のエンジンは、新しい「D-ILA」デバイスを用いて、光の色分解合成ユニットに使用するキーパーツをワイヤーグリッドという方式にしました。従来この部分は、偏光ビームスプリッタ(PBS)という三角形のプリズムを2つ組み合わせたキューブ型のパーツを用いていたのですが、今回の「D-ILA」開発におけるワイヤーグリッド方式の採用には、コントラストの向上という技術的な目標を実現することに加え、鉛フリーを目指した環境対策という目的もありました。
従来のPBSがキューブ型とすれば、ワイヤーグリッドの形状はガラス板の上にナノオーダーで微細な金属のついたてが並んで立っているイメージです。PBSは誘電体の薄膜を鉛入りガラスに蒸着していましたが、偏光の分離がきれいにできませんでした。その点ワイヤーグリッドでは、変調光であるP波と非変調光のS波を分離するのに大変優れています。
PBSからワイヤーグリッドへの変更が基本ですが、それにともない光の投射に新しい偏光板を用いるなど、とにかくエンジン全体の光学系を総合的に見直しています。詳細についてはあまり言えませんが、デバイス開発と同様に、高コントラスト化につながる全ての要素を重箱の隅をつつくように探し出し、多くのアイデアに対して光学的、メカ的なシミュレーションと実験をひたすら繰り返して、より最適な解を追求しました。その結果、15000:1というコントラストを実現し、更にそれをチューンアップすることによってネイティブコントラスト30000:1というかつてない高コントラストを実現しました。
実際に画質調整を終えて自然画投影を初めて見た時には、その圧倒的な画質に実験室の中にいた全員が、息を飲んだように静まり返りましたよ。
例えば、「黒がくっきりと沈んでいる」「引き締まった黒」というと、映像の明部と暗部で明るさの差が大きく、メリハリのついた映像であることを示しています。メリハリがつくと映像全体の立体感、精細感が増します。一方で「黒側の情報量はしっかりと多い」「黒つぶれの少ない画面」というと、映像の暗部において、わずかな明るさの差も正しく表示できることを表現しています。わずかな明るさの差を表示できると、映像内の物体に質感が増して、よりリアリティのある映像になります。
映像にメリハリを付ける技術とわずかな明るさの差を表示できるようにする技術は、画作り(画質調整)する上でトレードオフの関係になりがちなのですが、コントラストが高ければ高いほどこのふたつを両立できます。今回のエンジン開発では、まさにその両立を実現しています。
コントラストの向上によって、逆に“見えすぎる”状況が生まれました。つまり、今まで問題にならなかったゴミやキズが見えるようになったのです。また、熱によって発生する光の複屈折により、色むらも発生しました。特にワイヤーグリッドはガラス板のため、固定による板の反りや振動衝撃、熱衝撃などの影響を受けやすく光学的な精度の出にくい欠点がありました。 こういった“見えすぎる"ことによる問題を防ぐために、まずユニットの防塵性、密封度を上げました。同時にワイヤーグリッドの精度を確保するため、固定による板の反りや振動衝撃、熱衝撃などに対しても十分なバランスを取れるよう、最適な固定の強度を求めて設計しました。さらに、色むらの原因となる熱を押さえ込むには、熱放出のための工夫が必要でした。特に光の読み出し側で安定させることが大変でしたね。
苦労というわけではないのですが、開発に携わる人間は、感性の世界ともいえる映像画質の測定困難な部分を、できる限り測定可能な指標に変換して、ユニットや部品の改善を行ってきました。それが、長い時間をかけて培ってきたノウハウとなっています。こうして新たに開発されたエンジンの評価は、その多くが自然画ではなく、もっと単調で面白みのない画像を用いて行われています。それは、ただ真っ黒な色の画像、真っ赤な色の画像、あるいは単純な映像パターンといったもので、何を評価するかに応じて選ばれます。そして評価は、単なる物理特性の測定だけではなく、どんな画像でなければならないかという官能評価によっても判断されます。ここで得られた官能評価の結果はさらに測定可能な指標に変換され、目指す性能やエンジンを構成する個々のユニット、部品の特性をこの指標に沿って決めていくことになります。
このような工程から見た場合、今回のHD1,HD100のエンジンは、良い意味で、いままでのノウハウを超えた新たな発見が多かったと言えます。多くの開発者が、各自でいろいろな評価項目をコツコツと改善していった結果、生まれた映像は予想を遥かに超えた高画質になりました。そしてその時の感動が、困難な開発を進めていく大きな原動力となっているのです。このように期待以上の結果が生れる場合もあるエンジン開発の可能性が、開発者達の喜びにもつながっています。もちろんその逆の落胆もあります。しかし、もしかしたら、開発したものが開発者自身の想像の範囲内にあるうちは、人間の感性を揺さぶるような強烈な商品というのは生まれないのかもしれません。
HD1,HD100に関しては、本当に、今までの映像表現のステージが変わったと言えるほどの水準をクリアすることができました。お話したように、エンジン開発は開発者による官能評価をどこまでも追求し続けるものでもあります。こうした追求によって、自分自身さえ驚くような、新しい発見のある商品を開発していきたいと思っています。